Day by day in every way, we are getting better and better.

日々の大切なもの 大切なこと…

50代からは小さく 軽く 暮らしを楽しみます

父と母への手紙

f:id:kenmuu:20160716091310j:plain

数年前 実家のお墓を建てなおした時

母に 少しまとまったお金と一緒に

手紙を 渡しました

 

コツコツと 貯めた 私のへそくりを

祖父母の 眠る お墓に 

使ってもらいたかったのです

 

はじめは 驚いていた母も

おじいちゃん達 喜んでくれるわね

そう 言って受け取ってくれました

 

手紙を 車の中で 読んだ母は

なにか 言ってくれたけど

小さくて聞こえませんでした

 

しばらくして 鼻声で 母は

ありがとうと

振り絞るように 言ってくれました

 

運転をしていた父は

しきりに 頬を撫でているようでした

 

私は この機会に

母に ありがとうと

形にしたかった

言葉で 言うのではなく

手紙で 感謝したかったのです

 

私は なんでも 若い時から

自分の力以上のことを するせいか

限界まで 無理をしてきて

そのせいか こころもからだも

壊してしまい 心配をかけてきました

 

母は 一夜にして 幼い弟をなくしていることもあり

少しでも 娘達の具合が悪いと 異常に心配しました

肝硬変に なっていると 知ってても

自分の身体は 二の次でした

 

私は 回復するのに

ずいぶんと 時間を要しました

若く見えて きれいだった母は その間

一気に 老けこみ まわりが心配するほどでした

 

あの時 母の忠告を

聞き入れていたら

こんなからだにならなかった

でも 母は 責めなかった

一言も

 

ありがとう

そして 

ごめんなさい 

お母さん

 

 

 

そして 父へ

 

父は とても 厳格で

私は 子供の頃 テレビもマンガも

見せてくれませんでした

 

母が こっそり マンガを買ってくれるのですが

夜 布団の中で 読んでいると

父が 部屋に来て 没収するのです

 

小学生の時は 父の机で

毎日漢字の書き取りを させられました

中学の時は 成績が落ちると

部活動を 辞めさせられました

 

それなのに 1番をとっても

決して 褒めてくれず

父は 昔の自分の自慢話をするのです

 

母は 私たち姉妹の反抗期が

なかったと言います

反抗が できなかっただけで

それくらい 父は

頑固で 融通がきかなかったのです

 

でも でもです

 

この頃の父は 優しいです

なぜでしょう

あんなにも 怖い存在だった父が

小さく見えます

 

父は 70を過ぎて シルバー大学で

歴史を 学びました

大学院に 進み そして 博士号まで取り

今 ボランティアで 歴史を教えています

 

父は 努力家で 勤勉で

たくさんの資格を 持っています

趣味で続けてきた書道が縁で

77歳の今も仕事をしています

歌の先生宅に通って カラオケも練習しています

すごく 下手で

わがままで 短気で

 

そして 私に なにかあっても

決して 言わないけれど

 

何も言わない

父の沈黙は 

長い年月を経て

私の胸に 唸るように響いて

 

この歳になって

ようやく 父の偉大さに

素直になれました

 

面と向かって 父に

改まって ありがとうなんて

とてもでないけど 言えません

手紙にするなんて

もっと できない

 

だけど 私は 父に伝えたい

母より 少し遅れたけど

父に 手紙を渡したい

 

お父さん

私の父で ありがとう

こころから そう 思います

50を過ぎた娘から

遅くなったけど ありがとう

 

短い手紙だけど

誰に聞かせることもない

父への手紙

 

私の全快祝いと一緒に と

延びてしまっている金婚式を機に 渡したい

母は 頑なに 嫌がるけれど

 

今も 心配ばかり

ごめんなさい

 

私は 片眼に障がいが残ってしまったけど

今も その眼で はっきりと

父と母の 愛が 見えています

 

以前より ずっと 確かに

 

 

 

 

 

 

広告を非表示にする